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愛される料理の思い出 続 VOL.7

◇「料理を覚えて、自分と回りを幸せにする!」

「望遠鏡よりも、涙の方が遠くのものをずっと鮮明に見せてくれる」

                           =オグ・マンディーノ=

年末に近づいて来ました。秋本番。
そろそろ、忘年会や、冬休みの話しがチラホラ聞こえ始めるのではないでしょうか。

このところ、KOKIAさんの「ありがとう」が頭の中を駆けめぐってます。
もう巷では、流行終わってるのでしょう?
僕は、先日書いたように、それまで全く知らなかったのですが、本当にたまたま、行き着いたあるブログで知ったのです。

感動して、涙が流れてしまい。何度もそのページをを開いて聴いているうちに、結局ダウンロードしていて、最後には、BGMに使われていた「ありがとう」を買ってしまいました。。(^^ゞ
便利ですね。レコード屋さん(死語ぉ?)で探さなくて、PC上から好きな曲買えちゃんですから。

でも、高校生の頃、お気に入りのレコード屋さんへ行って、パタパタパタって綺麗にレコードをめくっていって(分かりますか?)お目当ての1枚を探すのが速いとか、店主と話しをするって言うのが、僕の時代は結構ステータスだったので、ちょっと寂しいかもぉ。

さて、話しが前後してしまいますが・・・。
(教室で配っているりあんマガジンとの時間差が出てます)

9月25日付け「秋の料理教室」             http://riant.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_9209.html

の続きです。

フランスに行きたくなって、行くと決めて何をしたかというと、グッドタイミングと言うか、今ではどちらが先だったのかも忘れてしまったのですが、夜(ディナー)だけのレストランの仕事が来たのです。

その時には、ベシャメルを捨てたシェフとは違うシェフの下で働いていて、(この方は、8年位フランスにいらっしゃったのですが)  「おい、来月からこの店に行け!」って・・・・。僕の都合も何も聞かないで決めちゃって、まぁ、「シェフは神様」という業界ですから仕方ありません。「えっ、そ、そうなんですか?」で、決まり。

午前中の仕事がないわけですから、ちょっと考えてすぐにこのチャンスに飛びつきました。1年間、週3回午前中のコースで、フランス語習得です。アテネフランセに通い始めたのです。楽しいのなんのって。(笑)

何故って?職人たちの世界で、朝から晩まで、10年近く身体でものを覚えて、ん~、なんというか、「これが社会だ!」と言わんばかりの仕事(作業)を、学校にいつの間にか行かなくなり、社会人としての心づもりも、就職だと言う思いもなく、続けていた僕にとって、古巣へ帰ったみたいだったのです。

・・・アテネフランセは、お茶美(お茶の水美術学園)の近くにあったことも、一層そういう気持ちにさせました。多摩美に入る前に毎日通っていた街でしたから。・・・・

文房具を入れたデイパックがとても嬉しくて、持ってるだけでニヤってしまう。(^^ゞ
アテネフランセでは、いろんな年齢、学生、職業、入り交じっておもしろかったです。
僕は仕事柄、料理用語では、多少フランス語を覚え始めていたので、かなり積極的?に学習しました。(笑)

超・初級の次からは、視聴覚設備を使うクラスを選択したのですが、これは大成功だったのです。丁度ウオークマンもかなり普及していたし(確か1988年?)テープが伸びるほど、いつも学校で作ったテープを聴いてました。(確か、あの神田昌典さんが強盗にナイフを突きつけられ「お前の成功の本当の秘密を言え」と言われたら、テープ学習という。なんて文章を読んだことがあります)

中学、高校と6年間勉強した英語より、この時半年で覚えたフランス語の方が、立派につかえました。
語学は、必要に迫られれば、そこそこまでなら簡単に覚えられると知りました。

そして、その頃何げなく思い始めたのです。なんだか全て 「自分の思った通りになっている」 事を。
後々、それって大きな誤解をしていたことに気がつくのですが(爆)。

丁度、1年間そのお店に通いながら、アテネフランセに通い、ついにフランスへ行く日が決定!して・・しまいました・・・。
そのフランス8年のシェフがチケットを買ってしまったのです(笑)   「シェフ~。頼んでませんよぉ~。」

買ってくださった訳ではなくて、買ったのです。
僕のところへ持ってきて、丁寧に代金を請求して下さいました。(爆)
で、確か12万円くらい、安い!ですよ。当時、皆さん18万円くらいで買っていた様子ですから。(料理人御用達は、大韓航空か、アエロフロート)その時の僕は、感謝感激雨霰です。

「あ、ありがとうございます!」(大爆)

でも、チケットをよ~く見たら、な、なんと片道切符。(ヒェー)
みんなが買うのは、もしもの時を考えて、1年オープンですよ。もうそれが常識。でも、僕の手元にあるのは、どう見ても片道。(苦笑)安いわけです。騒いでも怒っても、どうしようもないので、「そうか。ま、いいか」

当時、僕はずいぶんと人間が出来ていたって思う時もあったのですが、今思うと、あの時頭の中は既にフランスで一杯なのです。
「行く」(ワクワク)「行かれる」(ウレシー)もうそれだけ。だから、結局片道でも、なんでも行き先がCDG(シャルル・ド・ゴール;パリ国際空港)なら良かったの。

でも、この片道切符がまたまたふたまたの人生を決めたのですね。
いわゆる、「もう帰れない」。それに気がついたのは、なんとフランスに滞在して3週間が過ぎようとした頃。焦りました。(脳天気というか、経済観念がないというか)
そうですよ。だって、片道切符と現金35万円だけなんですから。
もともと、行くにあたって用意できたお金は、50万円。そのうち片道切符に12万円。
残りは、38万円。だからお財布に3万円とスーツケースの奥にある封筒は35万円だけ。
あっ、僕はカードなんて使ったことなくて、勿論、ないです。

でも、その当時の35万円って、僕にとってものすごく大金で。ゆとりがあるって錯覚していたのです。

美大生を中退したときから、ずっと仕事して、少なくてもお金は稼いでいたし、1人暮らしと言っても、せいぜい5万円6畳1間。今で言うワンルームタイプ。料理屋ですから、食べ物には困らなく、12万円程度のお給料でもあまるのですから。
だから、35万円が如何に大金と思えて、錯覚してしまうか。

でも、仕事していなくて、食べ物にしっかりお金を払うことを毎日続けていると、どれだけなくなるのか、パリで初めて知ったわけです。

僕は、高校入試も、大学入試も、沢山受けないのです。
ここと思ったら、他は受ける気が起きない。
高校は、土壇場で先生から滑り止めを受けておくよう注意されて否応なくと、多摩美の時は、美大というものの枠で武蔵美も受けましたが、他はパス。(だいたい、落ちると思わない(笑)大いなる勘違い)

そんなクセがあったので、パリに着いてすぐ、日本人のコックさんがたまっているキャフェを見つけて情報を集めて、たった一つ、6区にある2つ星を狙いました。(何で、みんなそこで働かないの?って思ったのですがまぁ、人それぞれなのでしょう)

明日、仕事もらいに行くぞと決めた日に、ホテルから歩いて行き、その店の前に立って、「僕はもう、ここで働らく」「ここで働いている」と、思ったのです。
大胆にも、そこまで行って自分の思ったとおりになるっていう大きな勘違いを、無意識のうちに試したんですね。  続く・・・・・Yoshinori.K

愛される料理 RIANT http://homepage2.nifty.com/riant/

ちょっと一息・・・・・いつも一息?

クボちんさんのギターです。http://www.geocities.jp/dscms959/m233.mp3               僕は、この曲を聴くと「スペース・カウボーイ(クリント・イーストウッド)」を思い出します。あぁ、トミー・リー・ジョーンズが,・・・・・。

目頭が熱くなるぅ。こちらです。→スペース カウボーイ 特別版

魅惑のギターMP3→ http://kubotin1.blog74.fc2.com/

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