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マルゴー VOL.23

◇「食べ物が身体を作る。何を食べるかで、身体と心が変わる。」

飯坂が日本に帰った後、僕は長く続けたほぼ一人の生活にもどりました。

僕には、何人か巴里に友達もいましたが飯坂は、何かあると小川さんのキャフェに来るか僕のアパートに来るかしかありませんでしたから、夕食は僕と一緒にする日が多かったのです。

彼女の料理は、ちょっと変わってました。(笑)
よく言えば、大胆(爆)

僕は、レストランの料理ばかり(自分で作って)食べてましたから、とても新鮮でした。
今でも沢山のヒントをもらったと思ってます。
特によく作っていたのが、ポトフ。

こういうとかっこいいですが、レストランではないのですから決まりがあるわけでなく、ただ何でも煮込んでました。
何で煮込みが多いのか尋ねてみたことがありました。

そうしたら「たった一つの電磁調理器というものでは、私にはこんな風にただ煮込むものしか作れない」と言いました。
これは、あながち間違えた選択肢ではなく、それどころか一番失敗の少ない調理法でした。
                      
「肉の種類が多くてなんだか解らないけれど・・・」なんて言いながら作ってました。
その種類とは、部位のことです。
日本では、フィレ、ロース、バラ、肩ロースなどをみんな薄切りにしてますが、フランスは、それらの部位を全て固まりでうっているわけですから、こりゃ何だろうと思って当然です。

料理人と言っても肉屋ではないので、僕も知らないものだらけでした。

彼女は一度海老をたくさん買ってきて、オリーブオイルとニンニクで「ガーッ」て焼いてデンと出してくれた事がありました。
ずいぶん豪勢だなぁと思いました。世話になっていた彼女なりのお礼だったのでしょう。

フランスは魚介類が高いのです。
僕はそれまで自分で食べる食材に魚介類などを買ったことがありませんでした。
高い割には、日本の方が美味しいと思ってましたから。

でも、日本のように世界各国から輸入しているわけでなく、ブルターニュや大西洋の鮮度のよい魚介類が入っているのも確かです。
こくがあって美味しい海老でした。

そういえば飯坂が、帰国する前にボルドーに行きたいと言い出したので、どうしたらよいか小川さんに尋ねたことがありました。
そしたら、オーナーに相談して下さったので、なんと「シャトー・マルゴー」のシェフを紹介して下さったのです。

シェフと言っても料理長でなく、現場の責任者の方です。駅長もシェフです。(笑)

普通フランスを旅するなら車ですが僕はあいにく車がないですし国際免許もないです。
その為国鉄を使いました。それ以外はひたすら歩く。(笑)
タクシーなんて、もってのほかです。(爆)

「シャトー・マルゴー」に一番近い駅名は?そのものズバリ「マルゴー」だったかな?
そこからひたすら歩きました。歩いて歩いて。
丁度夏のバカンスだったのでしょうか、人影の全くないシャトーの門を足を引きずる様に入っていったのです。

中に入っていくと初老のコンシェルジュがいらしたので、「巴里のムッシュー・Cから紹介されて、ムッシュー・Rにお会いする約束になってます。」と伝えました。

「それはようこそ、しばらくお待ち下さい」と言われ待ってました。
しばらくするととても大柄なそして、優しそうなR氏が現れ挨拶を交わしました。

彼は、沢山の樽が並ぶ倉庫を次々と案内して下さり、また樽を作る作業場や、観光客が訪れるちょっとしたテイステングルーム。・・・・。それから・・・・。

飯坂は専門ですからさぞ嬉しく楽しかったでしょう。
僕は意味も分からず、ただ飯坂の通訳(拙すぎるけれども)をしてました。

2時間ほどでしょうか。
ほぼぐるりと案内が終わり、さてこの後は、どこかに見学に行くのかね?
と尋ねられました。そんな予定はなかったのですが、飯坂が隣のシャトー・パルメに行きたいと言いました。
そしたら、じゃあ紹介するよと言って下さったので、予定外にそちらも回ることになりました。

隣のシャトーと言っても・・・・・・・。
延々と続くブドウ畑。だからなのか、建物は思ったより近くに見えるのです。

うそぉ~。また歩くのぉ。・・・・。
なんせ、自家用車以外は通りませんしそれさえも滅多に出会うこともなく。・・・
その遠くて近い(笑)隣のシャトー目指して歩きました。

こちらには観光バスが1台入っており、なんだかそのツアーの後ろにくっつく感じで見て回ったのです。

シャトーを2軒見ることが出来て、飯坂は満足そうでした。
延々と国鉄の駅まで歩くのですが、ずいぶんと楽しげに歩いてます。
やっとたどり着いた閑散とした駅前に1軒だけキャフェがありました。
ボルドー行きの電車時間を見るとまだ40分ほどありました。

僕は疲れてしまったのとトイレに行きたくて、飯坂とそのキャフェに入りました。
長時間、明るい外を歩き続けたので、やたら暗く湿っぽく感じました。
思ったより広い店内はがらりとしてました。
とりあえず、入り口に近いテーブルに腰掛け、僕はペリエを注文し、飯坂はビールを注文を取りに来たマダムに告げました。

注文が終わったので、そのマダムに「トイレは何処ですか」と尋ねると、裏だと指さしました。
僕は飯坂を残しテーブルからたち上がり扉が開いている明るいカーテンに向かって歩きました。
そして、そのカーテンをくぐると・・・。

一度キャフェの建物から外に出たのですが、その瞬間やっと暗いところに慣れた目がまぶしさに負けてしまって・・・。それに疲れも重なっていたのでしょう。
クラクラと立ちくらみの様な感じになりました。

急いで扉に捕まりしばらく目を閉じた後、開けてみると庭にたっている自分がいました。

「えっ?ここは何処?」まるでワープでもしたような気持ちでした。びっくりして何が
起きたのか・・・。頭がちょっと混乱してました。

でも、振り返ると今までいた席が見え飯坂が座ってます。
ここは、そのキャフェの中庭のようなところだったのです。
もしかしたら畑だったかもしれません。草花や、ハーブが咲いてました。

見るとすぐに小さな小屋がありました。
そしてそこまで草の生えていない小道が続いていたので、あれがそうかと思い、進みました。
何処を歩いているのだろう?なんだかおとぎ話に迷い込んだ様な気持ちになりました。
歩いても歩いてもその小屋にたどり着かないのです。
時間が遅くなったような錯覚が起きました。
ようやくその小屋にたどり着き目的を達成した僕は落ち着いて外に出ました。
よく見るとその小屋の脇の方で、いすに座っているおじいさんがいました。

そのおじいさんの目が僕の目と合いました。
僕は「BONJOUR」と軽く挨拶をしました。
おじいさんも「BONJOUR」と・・・・・・。そして、

「何処から来たのだね?」
「ベトナムかい?それとも中国かい?」と言うので、僕は頭を振って、
「日本です。ムッシュー」と答えました。

彼は「日本か?私は知らないな」と言いました。
この知らないと言う意味がどの程度知らないなのかは、聞きもしませんでした。

多分、彼にとって初めて出会う日本人だったのかもしれません。
そのようなフランス人には沢山会いましたから。
きっと小さな頃からこの畑で暮らし、ボルドーのワインと、ソースボルドレーズに包まれた肉料理を食べて育ってきたのでしょう。

「何しにこの村に来たんだね」と訊かれたので、そこのシャトーを見学に来たことを拙いフランス語で伝えました。

そうすると彼は、「ふーん」といい、次に・・・・。
「私は、日本を知らないが、見学したいとも思わない」と言いました。

それは、その言葉はしばらく僕の胸に止まりました。そして思いました。
何故、フランスに来たいと思ったのだろう?
日本では、見つけるものがなかったのだろうか?
フランスに行くことを当たり前のように思い、この国へ足を踏みいれた自分。

巴里にはそんな日本人があふれてました。
何かをつかんで帰国する人。訳あって、自らの意志とは裏腹に帰国せざるを得ない人。
いつの間にかこの地を祖国とし、それまでと全く違う人生を歩もうとする人。

僕は、・・・・・。
そのおじいさんにただ一言「さよなら」と言って、飯坂が待っているキャフェの中へもどって行きました。
                                           Yoshinori.K

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